Diversity Arts Project

ダイバーシティ・アーツ・プロジェクト


障害者にとって、スポーツはハンディキャップ。仕事では合理的配慮が必要です。
しかし、アートは「障害者」と「健常者」も関係はありません。

歴史に名が残っている作曲家のベートーヴェン、画家のゴッホや山下清を知らない人はいないと思います。
まだまだいますが、この方たちは障害を持っていたから認められた訳ではありません。

数年前から、障害者アートを「エイブル・アート」と呼んでいたり、フランス語で「アール・ブリュット」、英語では「アウトサイダー・アート」などと呼称し、障害者アートがブームのように展覧会が各地で開催されています。

障害者アートという枠で扱うこと自体に問題(エセ障害者アート)があると思います。
例えば、「山田太郎 知的障害」「山田花子 ○○障害」などのような、障害を前面に出したプロフィールになっている現状です。

「健常者と別の枠で評価してください」といっている障害者はいません。
むしろ「障害者アートに分けないで欲しい」「なぜ分けるのか理解できない」という意見が多いです。
唯一、アートは健常者と同じ土俵で勝負ができる分野だと考えています。

人と人をつなぐアートの力。
アートは言葉が通じなくても(海外でも)良い作品は、分かり合えるのが特徴です。
人種や言葉、障害がある人とない人も関係がないので、これをきっかけに新たな気付きの出発点になればと思いました。

アートは本来、自由ではないのか?

最近、無理やり障害者アートブームをつくろうと安易な展覧会や作品を多く見かけます。
たまにヤフーニュースなどのコメント欄に否定的なコメントを見ると心が痛みます。

偶然、いいアートに出会いました。
これは園児が描いた絵(ポストカード)です。
ある園の勉強会に行ったとき、ポストカードをいただきました。
私はあえてここではコメントはしません。
あなたはどう思いますか?

 

よく目にするアール・ブリュットとは、西洋の芸術の伝統的な訓練を受けていない人々が、独自の発想と方法によって制作した作品を指します。
ブリュット(Brut)は「(加工していない)生の」という言葉をあらわすフランス語です。フランス人の画家、ジャン・デュビュッフェが考えた造語です。